予防歯科・メインテナンス

はじめに

1986年にむつ市で歯科医院を開院してから約30年が経過しました。当時はムシ歯や歯周病の患者さんがたくさんいらっしゃいました。にもかかわらず歯周病に取り組んでいた歯科医院は当院を含めてわずか2件だけでした。保険制度にペリオⅠ型というシステムがあって、磨き残しが少なく、歯肉の状態が良好にならないと補綴治療(かぶせたり入れ歯をつくったり治療)に入ってはいけない、という規制があったからです。補綴治療に取りかかるのに、早い患者さんで3ヶ月、遅い患者さんだと1年以上もかかりました。待ちきれずに初診の患者さんの半分以上は転院されました。経営的には苦しい時代でしたが、その後の基礎的な診断力と実力を培うことができました。そのとき、歯肉や骨の状態の観察眼が養われました。現在通院されている患者さんにはその頃からの患者さんもたくさんいらっしゃいます。一回りしてまた戻って来られた患者さんもいます。

平成8年にその規制がなくなって、他の歯科医院も歯周病に取り組むようになりました。平成8年に治療を開始したとしても経過観察20年未満ですが、当院には30年近い患者さんが多数いらっしゃいます。その間に亡くなられた患者さんもいます。当時のスライド写真を見ると、重度の歯周病の患者さんが多かったことに驚いています。

[13歳男子のムシ歯と歯肉炎]
13歳男子のムシ歯と歯肉炎

[チョコやアイスの好きな子の初期のムシ歯]
チョコやアイスの好きな子の初期のムシ歯

[2歳女児のハイチューによるムシ歯]
2歳女児のハイチューによるムシ歯

乳幼児期のムシ歯や歯肉炎を完璧に予防できれば、将来の肥満や生活習慣病を減らせるということです。理論としては単純です。しかしこれを実行するためには課題が山積しています。いかに課題を解決すべきかという前に、まず現状を知っておくことが大事です。

乳幼児期のむし歯について

現在、下北の子どもたちの肥満や生活習慣病が多いと言われています。そのスタートは乳幼児期のむし歯です。乳幼児期のむし歯をつくる原因が将来の肥満や生活習慣病をもたらしています。だとすれば対策は簡単です。乳幼児歯科健診を充実させてむし歯を減らす努力が、結果として将来の肥満や生活習慣病を減らすための解決のスタートになるわけです。

[県内3市と北海道の3歳児むし歯有病者率の比較]
県内3市と北海道の3歳児むし歯有病者率の比較

県内3市と北海道の3歳児むし歯有病者率の比較

平成15年度までは十和田市、むつ市はほぼ同一レベルでした。ところが平成17年度から平成24年度まで拡大の一途をたどります。平成18年度59.41%、平成19年度は52.57%と青森県全市の中で最悪の数値でした。以後現在まで十和田市との差は埋まらずに推移しています。

十和田市は平成21年度は28.60%、平成22年度27.27%、平成23年度22.91%、平成24年度21.98%、平成25年度24.08%と30%以下を維持しています。

合併前のムシ歯有病者率


むつ市3歳児大畑3歳児川内3歳児脇野沢3歳児 
H15
49.2%
68.1%
63.6%
66.7%
H14
54.4%
66.1%
81.3%
77.8%
H13
49.4%
63.1%
58.3%
73.3%
H12
53.5%
64.3%
83.0%
69.6%
H11
58.7%
70.3%
73.5%
64.3%
H10
59.5%
59.8%
68.9%
59.1%

合併前のむつ市、大畑町、川内町、脇野沢村 の3歳児むし歯有病者率は高いことがわかります。合併に向けて何か手をうたなければいけない、と考えるのが普通です。でも健康推進課の対策はありませんでした。平成17年度はむつ市の住民の健康を考える上での分岐点でした。

このときに何らかの対策をとっていれば、むし歯有病者率を30%以下に減らして、結果として将来のつまり現在(平成27年度)の肥満や生活習慣病を減らすことができた可能性が高いと思われます。

乳幼児期の歯肉炎について

乳幼児の歯肉炎をどのように診査するかは、実は日常診療で歯周病の歯肉をどのように評価しているかを基礎としています。

[2歳6ヶ月女児]全体的に歯肉炎、歯垢あり、むし歯あり
[2歳6ヶ月女児]全体的に歯肉炎、歯垢あり、むし歯あり

[平成25年度歯科医師の3歳児の歯科診査所見集計結果]
平成25年度歯科医師の3歳児の歯科診査所見集計結果

[平成24年度歯科医師の3歳児の歯科診査所見集計結果]
平成25年度歯科医師の3歳児の歯科診査所見集計結果

ある文献に次のように記載されています。「歯が萌出し始めると、歯冠周囲の辺縁歯肉は半月状になり、軽度の充血や浮腫が起こりやすい。萌出時の歯肉粘膜の組織変化は、歯肉粘膜上皮やエナメル上皮一部増殖し、この部に炎症像がみられる」

乳歯列が完成するのは1歳半から2歳半の間、ときに3歳を越える子どもさんも見られます。乳幼児期には「単純性歯肉炎」のほかに「萌出性歯肉炎」も考える必要があります。萌出性歯肉炎というのは、乳歯が歯肉から顔を出すときに見られる歯肉炎です。乳幼児期の子どもさんの口腔内所見は一見健康に見える歯肉に注意する必要があります。

健康の社会的決定要因について

幼児期、所得と社会的地位、学歴、教育と識字能力(ヘルス•リテラシー)、社会格差、社会的支援、薬物依存、食品
 
少し難しい話になりますが、「健康の社会的決定要因」という考え方を理解しないと、下北の子どもたちを肥満や生活習慣病から救うことはできません。

下記のグラフを見てください。東日本大震災の前の平成20年度の3歳児むし歯有病者率と市民所得を比較したグラフです。

市民所得の比較的高い三沢市、十和田市、八戸市、青森市、弘前市の3歳児むし歯の有病者率は低くなっています。黒石市は例外的ですが、市民所得の低いつがる市は3歳児のむし歯有病者率は高くなっています。むつ市はちょうど中間です。むつ市よりも市民所得の低いつがる市、黒石市、五所川原市、平川市と比較して、むし歯有病者率が低いといっても当然のことで意味がないのです。むしろむつ市よりも市民所得の低い三沢市、十和田市、弘前市よりもむし歯有病者率が高いことに注目すべきです。このような考え方を「健康の社会的決定要因」といいます。

[平成20年度の3歳児むし歯有病者率(%)と市民所得(万円)]
平成20年度の3歳児むし歯有病者率(%)と市民所得(万円)

健康の社会的決定要因とは健康に影響する政治的•経済的•社会的要因です。世界保健機関(WHO,2003)によりますと、
 
1. 社会格差:
社会的•経済的に不利な条件(非正規社員の増加)

2.
ストレス:
心配、不安定、自信喪失、社会からの孤立、(核家族化)
 
3. 幼少期:
幼少期の発達や教育の健康に及ぼす影響は生涯続く

4.
社会的排除:
貧困(子どもの貧困率の増加)、差別、困窮、憤り、人種差別、蔑視、敵意

5.
労働:
職場の社会的組織、経営方針、人間関係

6.
失業:
精神衛生の悪化(リーマンショック以後の失業、東日本大震災以後)

7.
社会的支援:
良好な人間の社会的関係、

8.
薬物依存:
アルコール、薬物、たばこ、(スナック菓子のソフトドラッグ化)

9.
食品:
良質で十分な食料の供給(食品添加物、環境ホルモン)

10.
交通:
運動量の増加、死亡事故の減少、社会との結びつきの深まり、大気汚染、(地域の鉄道の廃止)

の10項目を上げています。(()は畑中付記)。

[平成8年と平成20年の市民所得の比較(万円)]
平成8年と平成20年の市民所得の比較(万円)

青森県内の全市で平成8年よりも平成20年で市民所得が低下しています。下降率が低いのは八戸市とつがる市と黒石市です。東日本大震災の前は八戸市が県内の全市の中で最も市民所得が高かったのです。

またカナダ公衆衛生機関は、下記の12項目を列挙しています(by Wikipedia)

1. 所得と社会的地位:
所得と社会階層の向上は健康に良い。所得が高いと、安全な住宅に暮らし、優良な食品を購入することができる。

2.
社会支援ネットワーク:
家族、友人、地域社会からの支援は、健康に関連している。

3.
教育と識字能力(ヘルスリテラシー):
教育の水準に応じて健康状況は改善する。(保健指導体制のストラクチャーの人的資源の質的効果を上昇させる)

4.
雇用/労働環境

5.
社会環境:
市民の活力。

6
.物理的環境(空気、水、食品、土壌):
空気、水、食品、土壌中の汚染物質。

7.
個人の保健行動とストレスへの対応:
個人の保健行動とコーピングスキルは、疾病の予防、自己対処の推進、課題への対処

8.
健康的な小児の成長:
幼少期の経験が脳の発達、就学準備性、そして後の人生における影響についての検証から、幼少期の発達が強力な健康の社会的決定要因であるという合意が形成されてきた。

9.
生物的素質と遺伝的素質:
人体の基本的な生物学と器官の構成は、健康の決定要因の基礎です。

10.
医療:
医療、とりわけ健康の維持と増進、疾病の予防、健康と機能の回復を意図した医療は、集団の健康に寄与する。

11.
性別:
性は、社会が二つの性に帰す、さまざまな社会的に決められた役割、人格特徴、態度、振る舞い、価値観、相対的力と影響に注意を向ける。

12.
文化:
支配的な文化的価値観により決定される社会経済的環境が原因で健康の危険に寄与する。

の12項目です。

健康の社会的決定要因は生物的要因や、生活習慣•行動要因を蓄積させてしまう、原因の原因であると考えられています。東北大学の相田潤先生(北大歯学部の後輩です)によりますと、所得と学歴がむし歯との相関が高いということです。

リーマンショック後そして東日本大震災後の経済環境の悪化により、他は回復基調にあるがむつ市を含む下北の倒産(タクシー会社2件、建設会社1件)は昨年もまだ続いていました。パートで働くお母さんが以前よりも増加していますが、むつ市から県外への人口の流出も認められます。今年(平成27年度)の新聞でも青森県の他の地域は経済の回復基調にあるのに、下北はまだ回復していません。

[2000年のむし歯有病者率の全国的な分布]
2000年のむし歯有病者率の全国的な分布
(東北大学、相田潤先生の論文より)

上図は2000年のむし歯有病者率の全国的な分布です。黒い県ほど高く、東北北海道は高いが、北海道は札幌など都市部は白いということがわかります。東北に生まれるということはむし歯が多い地方に生まれるということです。また下北に生まれるということは3歳児むし歯有病者率が高い地域に生まれるということなのです。平成26年度の3歳児むし歯有病者率はまだ3割をこえています。

3歳児のむし歯有病者率が高いということは、将来の肥満や生活習慣病が多いということにつながっていきます。私たちは子どもたちの健康を守るためにどうすればよいのでしょうか。

下北地域全体での取り組みが必要

例えばむつ市以外の地域で生まれた女性がむつ市の幼稚園に保母さんとなって勤務すると、むつ市の幼稚園児に影響を与えます。その後結婚してむつ市に在住したとすると、むつ市民となります。子どもさんが誕生すると、その子どもさんもむつ市民となります。このことから、健康の問題はむつ市だけでなく、下北全域で取り組むことが必要であることがわかります。

下図は下北地方の平成18年度から24年度までの3歳児むし歯有病者率です。東通村、大間町、佐井村のむし歯有病者率は高いことがわかります。

[下北地方の3歳児むし歯有病者率]
下北地方の平成18年度から24年度までの3歳児むし歯有病者率

平成24年度において、弘前市(30.15%)は、青森市(26.58%)や十和田市(21.98%)に比べると、むつ市の3歳児むし歯有病者率は40.26%と高い数値を示しています。平成25年度では十和田市の3歳児むし歯有病者率は24.08%と前年度よりも悪化していますが、むつ市は35.48%と30%を越えています。平成26年度も変わらず3割を越えています。なぜでしょうか?

まず第一は対策が不十分だということです。むし歯の原因が将来の肥満や生活習慣病をもたらすという認識が希薄だからです。第二は、人材交流があるにもかかわらず、下北全域で取り組んでいないからです。

これは弘前市と弘前市周辺、青森市と青森市周辺、八戸市と八戸市周辺にもあてはまります。周辺地域との人材交流という観点で地域診断を行う必要があるということです。


[弘前市周辺地域の3歳児むし歯有病者率]
弘前市周辺地域の3歳児むし歯有病者率

弘前市周辺地域の3歳児むし歯有病者率が上図です。平成24年度において弘前市(30.15%)ですが、黒石市(47.19%)、平川市(32.84%)は高い数値を示しています。

[青森市周辺の3歳児むし歯有病者率]
3歳児む し歯有病者率

上図から、弘前市と隣接する鰺ヶ沢町(48.39%)、鶴田町(51.58%)の3歳児むし歯有病者率も高いことが」わかります。

青森市周辺では、今別町と外が浜町の3歳児むし歯有病者率が高く、どちらも年度によって乱高下しています。平内町も青森市の上下に乱高下しています。この乱高下の原因を確認する必要があります。

[下北半島周辺の3歳児むし歯有病者率]
下北半島周辺の3歳児むし歯有病者率

下北半島は閉鎖的な空間ですが、そのことが欠点であり利点にもなっています。周囲は日本海、津軽海峡、太平洋という海に囲まれており、海の幸、山の幸に恵まれています。例えば、平成24年度で、むつ市(476)、大間町(59)、東通村(56)、風間浦村(12)、佐井村(13)という1市1町3村の3歳児対象者は616人しかいません。616人を地域全体で育てるという意識改革が必要です。

人口減少対策とは量的に増加させるということも大事ですが、質的にも向上させる対策が必要です。その第一歩は下北半島全体の3歳児のむし歯有病者率を減少させることです。そのことが肥満や生活習慣病の減少にもつながっていきます。

メインテナンスの患者さん1 94歳男性

3ヶ月に1回定期健診に来院されている方です。94歳男性です。上13本、下16本残存しています。歯ぐきは淡いさくら色で健康です。理想的な歯ぐきです。歯周病ではありません。3ヶ月の定期健診には必ず来院されます。左上の連結クラウンは破折が原因で治療しました。

メインテナンスの患者さん1 94歳男性

メインテナンスの患者さん1 94歳男性

メインテナンスの患者さん1 94歳男性

メインテナンスの患者さん1 94歳男性

メインテナンスの患者さん1 94歳男性

定期健診の間隔はその人の状態によって異なります。20年前までは6ヶ月に1回でした。患者さんから6ヶ月だと忘れることがあるので期間を短くしてほしいという要望がありましたので3ヶ月に1回に変更しました。1ヶ月に1回を希望される方もいれば、2ヶ月に1回を希望される方もいらっしゃいます。中には2週間に1回を希望される方もいます。重度の歯周病の患者さんは2週間に1回です。2週間に1回で改善が著明な患者さんもいらっしゃいます。